湿度の楽しみ方

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    湿度の高い日には空を眺めてみましょう

     

     

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    もしかしたら

     

    飛行機が雲をひいているかも知れません

     

     

     


    悦楽のイメージフライト

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      JAL機内でお子様に配られる飛行機のノベルティ

      ぴっころ用に一機いただきました

       

       

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      機体の登録番号はJA341Jで実機を調べると日航所有

      2012年2月登録のボーイングB737−800

       

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      飛行機好きの子どもにとって、このリアリティは

      ただのオモチャとは一線を画するものです

       

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      持ってさわっては外形を 重さを 質感を チェック

       

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      少し遠めに離しては角度を変えながらためつすがめつ

       

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      最後は機体に乗って、ぴっころ飛行場からテイクオフ

      少年の心は大空を飛んでいた!

       

       

      お母さんにお願い:

      もし、あなたのお子さんが飛行機を手にしてブ〜〜〜〜ン!!と口ずさみながら身もココロも楽しそうに飛んでいたら、手にしているのはけしてオモチャなんかじゃありません。

      バッカじゃないのぉ〜?と思わずにキモチだけでも一緒に寄り添ってフライトしてあげてくださいね。

      男の子は雰囲気さえ揃えば瞬時にしてJALのパイロットにも、WW気侶眥堂Α▲螢劵肇曄璽悒鵑砲發覆譴襯蹈泪鵐船好箸覆里任后

      ちなみに我が家ではキッズはもとより、いい歳したオジサンもブ〜〜ンと言いながら飛んでいますが、完全ネグレクトのハルコさんです。

       

       

       

       

       

       

       


      少年がつかんだものは

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        台風風の吹き始めた空港で

        少年は見ていた

         

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        さっき頭上を通過して着陸したB777が

         

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        5番スポットに入っているのを

         

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        そして次に入ってきたダッシュ8はボクにはこう見えたが

         

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        きっと彼にはこう見えていたのかもしれない

         

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        着陸とはこういうものか・・・と目で追うKs君

         

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        ならばと、視点をもっと上に!肩車して見た海保のAW139は

        きっと、彼にはこう見えていたはずだ

         

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        そして海保のキングエアは朝の一仕事終えて戻ってくると

        シャワーを浴びて、機体に浴びた塩分を落していた

         

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        へ〜飛行機も外から帰ったらシャワー浴びるんだねえ〜

        と、強風の中、ジッと見守るKs君

         

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        台風25号の影響の出はじめた強風の空港で

         

        少年がつかんだのは・・・

         

        飛行場の空気ボクのたてがみだった!

         

         


        台風一過の石垣空港

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          昨日は台風24号の襲来により終日、閉鎖された

          石垣空港も本日は朝から復旧

           

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          ANAの東京からの便はB767のSTAR WARS BB8だ

          早速、来島中の友達と撮影に行った

           

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          側面を撮らないといけないのでサトウキビ畑まで後退して

          待機していると1時間以上遅れて到着

           

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          続いて、香港エクスプレスのエアバスもやってきた

          今日の機材はA321だ

           

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          また何かあったのか陸自のUH−60もやってきていた

           

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          展望に登るとJTAのサクラジンベイや空手ジェットの姿も

          あったが引退したアムロジェットの姿はない

           

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          ANA傘下のLCCバニラの黄色い姿もあったが

           

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          関空からやってくるピーチアビエーションの

          ピンクの姿は無かった

           

           

          関空は前回の台風被害が完全復旧する前に今回の24号も向かっている。連絡橋へのタンカー衝突による閉じ込めや地下に設置された電源室への浸水などで大きな被害を出した関空は、万全な体制で臨むために浸水防止の土嚢を積み上げ、早々に明日の朝まで空港閉鎖を決めた。またJR東日本も首都圏の在来線を午後8時以降すべての運休を決めたとのこと。

          自らも自然の産物である人間は自然を管理しようとしても限度がある。地震、津波、噴火、台風、洪水といった災害に挑戦しようとしたら生物としては新米の霊長類、のぼせ上がっているといわれても仕方がない。万物創生の神様、自然とは敬意を払って良い関係を築くことが求められているのだろう。退避するのも休みにするのも経験から得た知恵、人事を尽くして災害が大きくならないことを祈ります。

           

           

           

           

           


          アムロちゃんの撮り収め!?

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            9月16日をもって引退する沖縄出身の歌手、安室奈美恵への感謝をこめて

            JTAの女子職員が企画し、期間限定で就航したAMURO JET

             

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            昨日、ラストコンサートも追え、ステージからは姿を消す本人とともに

            AMURO JETも通常塗装機に戻されるのでは?

             

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            スケジュールを見るとそのAMURO JETが16日石垣島にやって

            来ることになっていたので、さっそく撮ってきた

             

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            もしかしたら、これが最後の石垣島になるのかも・・・とちょっと期待

            したのだが、どうやら明日も来るらしい

            客商売はAMUROちゃんの芸能活動ほど潔くはないもののようだ

             

             

            アムロちゃんと日本人:

             

            引退の日、916が近づくにつれ全国ニュースでもアムロちゃんの姿をバックにHEROを聞く機会が増え、日本国内は安室奈美恵一色に染まっていった。

            そして昨日、最後のライヴ地をふるさと沖縄に選んだアムロちゃんは多くのファンに惜しまれつつ華やかな舞台を後にした。

            14歳でデビューし、母の制止を振り切って上京、芸能生活25年、日本を代表する歌姫となったアムロちゃんの引退。

            チケットも持たず大挙して全国各地から会場につめ掛けたファンの存在は彼女が万人に愛されるシンガーであると同時に内地と沖縄をつなぐ架け橋であったことを物語っていた。

            彼女の出現で、それまで、どことなく差別的だった内地のウチナーンチュへの対応が変わったといわれる。渋谷にアムラーが闊歩するようになって沖縄は憧れの地に変わったというのだ。

            様々なイデオロギーや悲しみを乗り超えて大スターになった彼女だが、しなやかに生きながらも自分を貫く生き様に勇気づけられ、共鳴する女性ファンが多いのもセクシーで熱い男性ファンの視線を浴びる他の女性シンガーとの明確な違いではないかと思う。

            芸能の道をこころざし上京、小室氏に出会いブレーク、そして結婚、出産で休業、復帰、きっちりお仕事、歌い終えて40歳で引退、ふるさとに帰る。

            すべきときにすべきことをする。後戻りのないスゴロクを見るようで、男からみても清清しい。

            普通だったらフリダシニモドルがあってもおかしくない。ここまで彼女を強くした哲学はいったいなんだったんだろう。

            たぶん、まだメディアに流出していない彼女のエネルギー源がどこかにあるに違いない。そのヒミツを知りたいなと思いつつ、目に浮かぶアイドルは南沙織、安室奈美恵、大坂なおみ・・・ん?

            ちょっと色黒、エキゾチックな日本人女性に熱くなる我々の傾向を見出し微笑んでしまうワタシであった。

             

             

             

             

             

             

             


            フライトぴっころ課外研修報告(後編)

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              松島を後にした我々は名古屋の中部国際空港セントレアへと向かう。次男坊の誕生日にとハルコさんが空港を見下ろすホテル宿泊をプレゼントしてくれたからだ。

               

               

              到着直後、さっそく展望デッキに出たのだが、残念なことにB787の部品を運ぶB747改造のドリームリフターは無情にも目の前をテイクオフしてゆき、間一髪撮り逃がしてしまう。

              そのツチノコのような特異なデブ飛行機をデジタルデータに記録することはできなかったが、その箱フグのような特異な後姿は記憶に焼きついた。

               

               

              ホテルにチェックイン。フライトといえば部屋にベッドがあるとかならず飛んでみるキッズ。

              ようやくゲットしたガチャポンの振動ドリルを手に歓喜の大ジャンプ。窮屈な車内で寝ていたキッズも今日は広いベッドで飛べるぞ!ちがう、寝れるぞ。

               

               

              セントレアホテルの窓からエアバンドを耳に離着陸機を逐次チェックする長男。こちらはflight radar24で機影を追い、勝手に私設コントロールタワー設立の気分に浸る。

              この後、長男はビール飲んで寝てる親父を尻目に、日没後もナイトの撮影にせっせと出かけていってた。

               

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              翌日はMRJミュージアムかと思いきや、淋代海岸の勢いをかって航空発祥の地、十二試艦戦(後のゼロ戦)も初飛行をした各務ヶ原へと向かう。

              ここの航空宇宙科学博物館は幾度も訪れてはいるが、最近、全面的にリニューアルされたことで、新たに展示に加わったこの機体を見にゆく。

               

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              唯一、日本に残された川崎三式戦闘機(キー61)飛燕況燭澄

              この機体は戦後、基地に展示され計器を戦利品に持ち去られたり、幾度と無く塗り替えられたり、運搬に支障になるとして翼まで切り落とされたりというご無体な扱いを受けながらも継ぎ接ぎしながら生き残って、ようやくそのふるさとである川崎重工業の各務ヶ原に戻ってきた。

              今回は、過去の幾重もの塗装を剥離し、欠損した部品を忠実に復元することで塗装前の生地完成形態に近い姿となっていた。これにより飛燕独特のフォルムを堪能できる。

              飛燕は日本戦闘機には珍しく液冷エンジンを搭載したことでスマートな機首になり他の日本機とは異質な美しさをもつ。結局はその液冷エンジンの製造に支障を来たし場当たり的に空冷に換装した五式戦闘機が活躍したのは皮肉だが日本独自の重要な航空遺産であることに変わりはない。

               

               

              晩には、安曇野で研修を終えたハルコさんと合流、宿泊地のキャンプ場へ。前回は飯ごうも薪もなく、残念だった記憶を胸に竹富島ファンの信州の友達も呼んで川魚を焼き、飯ごうでごはんを炊いて食べる。

               

               

              ヤマメとかイワナは近くを流れる清流でゲットしました!と言いたいところだけれど、中途半端なキャンパーの我ら、近くにデリシアなる便利なショッピングセンターがあることを発見、手に入れたのでした。

               

               

              中学校のキャンプ以来、すっかり忘れた飯ごうでの炊き方をネットで確認しながら、火を起こし、長男が炊いたご飯は、もう少しお焦げがあってもいいと思うくらいに完璧で VeryGood!

               

               

              突然、始まった花火大会は大迫力。ログハウスが燃えてしまうのではないかというくらい真近な爆音を肌で感じるばかりか、真上で炸裂、火の粉を避けて逃げ惑う羽目に。サービス良すぎだろ。

               

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              今回の長かった研修旅行も4人揃って帰路につく。しかし安曇野には長男がネットで見つけた気になるスポットがもうひとつ残っていた。

              「オヤジ、メシヌマ飛行士って知ってる?」

              「それを言うなら飯沼(いいぬま)飛行士でしょ」

              ってなことで、戦前、神風号で東京〜ロンドン間の飛行時間記録をつくった彼の生家がこの近くにあるという。

              そうだったのか?と、さっそく、最後の目的地として立ち寄ってみることにする。

              ここがその飯沼飛行氏の生家で土蔵を改修してつくられた飯沼飛行士記念館。左側が母屋になる。

               

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              当時の日本は一流工業国にはほど遠く、養蚕と紡績が国を支える主要産業だったのだろう。飯沼飛行士の生家は養蚕業をしていた。

              時期によって畳をあげて蚕を育てるのにも使われていたという母屋は実に立派なつくりであることに驚かされる。

               

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              土蔵蔵だったという展示室の内部に入る。

              天井から吊るされた朝日新聞「神風号」の模型。低翼単葉全金属、固定脚ではあるが、このきわめて洗練されたスタイルを持つ飛行機が堀越二郎氏によってゼロ戦が設計される以前に日本人の手によって設計製造された純国産機であることに注目したい。

              後に九七司令部偵察機として軍の偵察機としても使われたが、朝日新聞もオーナーだった。いち早く現場の情報を収集する手段として自前の高速機は新聞社にとっても不可欠の存在だったのだ。

               

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              館内を懇切丁寧に説明してくれたのは空前の記録飛行をした飯沼飛行士のお兄さんのお孫さんにあたる飯沼成昭さん。

              飯沼正明飛行士は写真や銅像でしか拝見したことはないのですけど、この成昭さん、飯沼家の血でしょうか、驚くほど正明さんにそっくりで飯沼飛行士ありし日の面影を彷彿させます。

              生家とともに飯沼飛行士の偉業を未来に語り継いで行く上で最適な人材であることを確信するとともに、飯沼飛行士本人は若くして29歳でお亡くなりになっていますが、もし還暦まで生きておられたら、きっとこんな風貌だっただろうなあ、と想像しました。

              ちなみに「正明さんのようにパイロットの道は目指さなかったのですか?」とのボクの問いに「だって飛行機は危険でしょ?、私は新幹線の方がいいですよ」と涼しい顔でサラリ。また、この冷静さも飯沼飛行士の血のような気がしました。

               

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              そして、展示館を出て母屋の展示説明をしていただいた、もうお一方は成昭さんの奥様。

              付き合われていた頃は、まさかご主人がこんな偉大な血筋の家系であるとは知らなかったそうで、今年4月から、この説明役をされるにあたって猛勉強をされたそうです。

              確かによく勉強されていて、この下の写真の解説を伺ってびっくりしました。

               

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              飯沼飛行士は左から3番目ですが、左から言うと、青森で復元機を見た航研機のパイロットで長距離機発想の生みの親でもある藤田中佐(当時大尉)で、隣が同期で藤田中佐ともに航研機の舵を握った高橋氏、そして右端はゼロ戦の堀越二郎氏と同期で東大卒、航研機を設計した青森生まれの航空機設計者、木村秀政氏です。

              日本の飛行機を世界レベルに跳躍させた蒼々たるメンバーが収まっているという、きわめて日本航空史において歴史的価値をもつ貴重な一枚なのです。

              実は飯沼正明飛行士は朝日新聞社に入る前、100倍の難関を突破し第十一期逓信省委託操縦学生となり所沢陸軍飛行学校で操縦を学び、その時の教官だったのが後に航研機で世界記録を打ち立てる藤田中佐その人であったのです。

              ほ〜!藤田中佐って背が高かったのだなあと思うと同時に、青森で見た航研機のコクピットは狭く、今だったらエコノミー症候群も設計時に危惧されただろうなあ、と思うのでした。

               

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              かくして、飛行士個人の記念館なので銅像と賞状が飾られているくらいなんでしょ?と、タカをくくっていたボクは深く反省させられたのでした。

              ちょっと立ち寄るつもりが2時間近くをここで過ごし、新潟、仙台、三沢、各務ヶ原へと次々に導かれた日本の飛行史と我々のルーツを探る旅は一周まわって元に戻り、ハルコさんの研修所近くの養蚕農家から輩出した航空人の偉大な業績を肌身に感じながら幕を閉じるというまことにドラマチックな終焉へとつながっていたのでした。

               

              パングボーン・ハーンドンの太平洋無着陸横断と言った冒険飛行家の時代から、国を挙げて神風号、航研機という記録飛行に熱狂した時代を経て、日本も航空先進国の仲間入りをしたのもつかの間、その後の戦争で航空機が暗いイメージと結びつき、戦後、進駐軍による航空禁止令の7年間で大きく開いた航空先進国との格差はいまだに国内の航空機産業に影響を与えていますが本質的に航空機をつくることにおいて適性のある国民性だと思っています。

              現在、販売好調なホンダジェットも、そして苦戦の続くMRJも、戦後のブランクを乗り越えることを期待し、将来に渡り日本の航空機が世界の空に羽ばたくことを祈念して、このフライトぴっころ番外編の研修報告としたいと思います。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               


              フライトぴっころ課外研修報告(前編)

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                はじめに:

                 

                ぴっころの夏休み、ハルコさん研修中、送迎担当のボクはキッズスタッフ、それに普段は寮生活で別に暮らしている長男とともに男3人でフライトぴっころ課外研修の旅にでかけた。

                そこには日常生活のなかで忘れている部分を掘りおこし、我々のルーツを知り、将来を考える上でひとつの節目にしたいとの思いがあった。

                直接ぴっころの活動ではなく極私的記録かも知れないですが、日ごろ議論される一般家庭と比して「我が家はいったい何か変なのか?」もしくは「別に特別ではなく普通なのか?」を知る参考にもなればと旅日記として公開することにしました。

                 

                 

                2018 飛行少年たちの夏

                 

                 

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                車を交代で走らせて、ここに行きついたときには、ごらんのように日が暮れて真っ暗に。

                ヘッドライトに浮かび上がった記念碑には「太平洋無着陸横断飛行」三沢市とある。

                そう、ここは青森県三沢市の淋代海岸。

                我々の行動を的確に読むY氏にはSNSで発信する息子の位置情報からすっかりバレていたが、何も決めない無謀な旅の目標地点として、ここはふさわしい場所だった。

                 

                 

                1931年、パングボーンとハーンドンの二人のアメリカ人の乗った単発機ベランカは胴体下に増設された燃料タンクにガソリンを満載して、この海岸に特設した飛行場を離陸後41時間13分飛行し、太平洋を飛び越え米国ウェナッチにたどり着く。しかし飛行中邪魔になる車輪は空中で投下したため胴体着陸だったというから記録を作るための徹底ぶりがわかる。

                写真は淋代海岸に浜辺に置かれたベランカ「ミス・ビードル号」のモニュメントだ。

                 

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                我々は翌日、朝から、あらためて発行地点へと向かった。左がパングボーン、右はハーンドン。

                ではなく・・・無類に飛行機好きな父子の図。

                「この、お父さん無謀ですよ〜」と猛暑のなか車中泊も辞さないパイロットに呆れる名ナビゲーター、それをカメラに収めているのがカメラ小僧のキッズだ。

                 

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                淋代海岸。冒険飛行時代にこんな出来事でもなければ文字通り淋しいローカルな海岸だったろうと思う。しかしこの飛行機のおかげで航空史に名を残し、日本屈指の航空発祥の地の栄誉を担うこととなった。

                三沢の市街地ではあちこちで、このミス・ビードル号を記念するモニュメントが目についた。

                記録飛行を献身的にサポートした市民にリンゴ産地だったウェナッチ市から贈られた苗木はその後の青森リンゴ品種改良に一役買うことになり、両都市は姉妹都市を締結して友好な関係を維持している。やるな赤い飛行機!

                 

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                そして、偉業80周年を記念して製作されたミス・ビードル号の復元機が展示されているのが、この三沢航空科学館。

                こちらはハリボテではなく本格的な復元機で実際に大空を飛んだらしい。

                腹下に増設されたタンクですっかり身重になった姿が長距離機であることを感じさせる。一方では単座にしてコクピット前面をすべて燃料タンクで埋めつくし前も見ずに大西洋を横断したリンドバーグのライアン機との設計思想の違いもわかり興味深い。

                 

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                もうひとつ青森といえば、この飛行機である。この日本で唯一長距離飛行の世界記録をもつ航空研究機。略して航研機(こうけんき)という。

                主任設計者の木村秀政氏が青森県の五戸出身であることがここに航空科学館が創設され、航研機の復元機が展示されている所以だろう。

                先のY氏は板金屋の父上とともに福岡でこの機の復元に関与したこともあり、まだ新潟にいた我々の動向から将来位置、三沢を見抜いたに違いない。

                 

                 

                 

                それにしても美しい機体である。凹凸のない理想の流線形にまとめられた金属製の機体は沈頭鋲で滑らかに仕上げられており、すでに日本の航空機が世界レベルに飛躍したことをうかがい知ることができる。

                しかし、こんな狭い機体内に缶詰になり、前も見えない飛行機を操縦してくれた藤田大尉(のちに中佐)という航空技術に深い理解を示すパイロットが居て初めて可能だったことは木村氏の自伝にも書かれているとおりだろう。

                日本は国を挙げて欧米に追いつこうと大飛行をバックアップしていた時代であったと言えるだろう。

                 

                 

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                また、同時に展示されていたこの機体は十和田湖の湖底から発見され2012年9月に引きあげられた旧陸軍の一式双発高等練習機。

                立川飛行機により設計製造され、本機は戦争中の1943年にエンジントラブルにより十和田湖に不時着したものだという。

                水没して75年もたっているのに淡水の湖底であったためだろう、日の丸や敵味方識別の黄桃色の塗装まで良好な状態で残されていた。

                 

                 

                 

                そして屋外には歴代自衛隊機や隣接の三沢基地で使用された機体なのか米軍のUP−3やF−16の実機が飾られ、自由に見たり、機体によってはコクピットにまで入れる飛行機マニア垂涎の飛行機公園になっている。

                国産の三菱T−2、F−1に加え、ブルーインパルスカラーのT−2も並ぶ姿は壮観だ。

                 

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                国産ターボプロップビジネス機のMU−2はベストセラー機。主翼後縁にフルフラップを装備し横の操縦はスポイラーでおこなうことで高速を誇った。自衛隊に高速連絡機として採用されたLR−1の操縦席に乗り込みご満悦の飛行機兄弟

                 

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                その姿から空とぶ十字剣と呼ばれた懐かしい練習機のロッキードT−33.レシプロ機からジェット機に代わった黎明期のジェット練習機にも関わらす保存状態は良好のようだ。

                 

                 

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                そして、お盆時期にも関わらず隣接の三沢基地ではF−16が離着陸を繰り返し、Jウィング命の長男坊はエアバンドをチェックしながら、カメラを構えていた。さすが米軍、離陸直後のハイレートクライムなど那覇等では見られないような派手な高機動を見せて注目を浴びていた。これはF−16の複座型だった。

                 

                 

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                自衛隊機については時期が時期だけに飛行はないだろうと予想していたところ、丘珠で航空ページェントに参加したYS−11フライトチェッカーが突如、飛来。

                「もう一周、回るぞ」機体を順光でとらえるべくあわてて観察場所を移動する3人。エアラインからは姿を消して久しいが、ここで再会できるとは思っていなかった。聞きなれたロールスロイス・ダートのエンジン音を残して頭上を飛び去っていった。

                そして我々の共通のキーワード「飛行機」をたずねる旅は、ブルーインパルスの本拠、松島基地を訪ねた後、その主要地域を東北から中部セントレア方面へと矛先を変更するのでした。

                 

                 

                明日につづく

                 

                 

                 


                ゆたかな才能

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                  中学生になったA君は部活にいそがしい。飛行機中心で個別を

                  やってきたけれど勉強も部活も充実していて飛行機は趣味と

                  して充分機能しているようだ

                   

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                  久しぶりの航空班なのでANAB737−200の特別塗装機

                  スターウォーズのC-3POを撮りに空港へ

                   

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                  重大インシデント関連でB787のエンジンの特別点検もあり

                  機材不足が続いているANA、代わりにB777を石垣便に使う

                  ことが多くなったことで、こうしたチャンスも増えた

                   

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                  一方でJTAは新世代のNG機B737-800への更新を進めているため

                  デカール機も増えている。これも9月で引退する安室奈美恵を

                  記念した通称「AMURO JET」(JA07RK)

                   

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                  今回はC-3POが着くとAMURO JETがブッシュバック。

                  一緒のフレームに収まってくれた

                   

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                  AMURO JETのテイクオフを見送ってから僕らは

                  ぴっころに戻ってきた

                   

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                  前回に引き続きNobさんの追悼読書会をしてから、A君が描く

                  気になったのは、大富豪ハワードヒューズが作った世界最大の木製

                  飛行艇ハーキュリーズ、あだ名はスプルースグース

                   

                   

                  こんなのっぺりした巨体を陰影を使って立体感を出すと同時に

                  木製の質感を出すあたりさすがだ

                   

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                  ボクはNobさんをリスペクトして少しデフォルメした漫画チックな

                  グラマン飛行艇を描いてみた

                   

                   

                  フライトぴっころA君の回想:

                   

                  A君がぴっころに来だしたころ、毎回、自由に描いたスケッチブックを見せてもらうのが嬉しみだった。

                  斜めや後ろから見た飛行機にトリミングされた構図といった普通の小学生が悩まないところで、きっちり悩んでいる姿をそこに感じた。

                  また、おやつ代といって100円玉を渡しても10円のガムだけ買ってお釣りを持ってくる律儀さや、欲しいものにしか興味を示さない性格はボクにも共通するものでキッズもまた同じ人種だった。

                  そして多少、周囲から浮くことはあっても、この子はきっと将来も好きな飛行機から完全に切れることはないし、仕事で何か別のことをするにしても好きな軸がしっかりあることで自分を崩すことなくやってゆけるんじゃないかな、と思った。

                  ボクの仕事は、平準化の強い学校の中で彼が阻害され、自信を失い、豊かな才能をつぶされないようにする、それだけだった。

                  確かに真正直な性格故に小学生のときには、いろいろ壁に当たる事象もあったけれど、中学生になったA君を見ると音楽関係の部活にも参加して集団行動が苦手だったとはとても思えない。学校の中にも、その先にある社会にも、あまたある不条理といったきれいごとや建前からのズレに対しても許容、忍耐を身につけ、幅を持って対処できてきているように思う。

                  逆に今日、あまりにも周囲の空気を読みすぎて忖度と要領だけで生きている人間よりもずっと筋の通った素敵な青年に成長しているとオジサンは思うがいかがなものであろうか。

                  「ねえ、お金がいっぱいもらえるつまらない仕事と、儲からないけど好きな仕事、どっちを選ぶ?」と聞いてみた。

                  「そりゃ好きな仕事ですよ。でも、お金もそこそこ必要かな」と返答が返ってきた。

                  もうボクの出番は無いのかもしれない、が、ボクは彼の描く飛行機をもっと見たいと思っているファンであり一応援者であることを覚えていてくれたらありがたい。

                   

                   

                   

                   

                   


                  NobさんFOREVER

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                    誠に勝手ながらフライトぴっころより、今年5月に亡くなられた

                    航空漫画の巨匠、下田信夫さんの追悼をさせてください

                     

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                    ボクのNobさんとの出会いはおそらく70年代に創刊された航空雑誌

                    航空ジャーナルだったと思う

                     

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                    挿絵として描かれたNobさんの飛行機たちは絶妙なデフォルメによって

                    命を得て実機よりも実機らしく活き活きと飛翔していた

                     

                     

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                    Nobさんの飛行機への情熱は豊富な知識と機知に富んだ画面を構成し

                    マニアックすぎて理解を超えることもしばしばだった

                     

                     

                     

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                    C−1のもっこりした姿を絶妙に描き、狭いドアから乗り込もうとする太った上官を

                    「今、ローディングゲートをあけましたから」と後方に誘導するセンスはさすがだ

                     

                     

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                    Nobさんの空想は止まるところを知らない。ミサイルの誤射で

                    銀河鉄道999を撃墜してしまった図

                     

                     

                     

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                    被弾、着水させられたトムキャットはネバーギブアップ

                    VGウィングを使って平泳ぎするの図

                     

                     

                     

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                    ヒトと飛行機とのかかわりをユーモラスに描くセンスがこれ

                    機体を描くだけの漫画家ではないことは一目瞭然だ

                     

                     

                     

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                    これなど航空映画にも精通してないと、何が面白いかなんて

                    説明するのが野暮と思われるほど深遠な作品だ

                    ヒントはここのNOTE

                     

                     

                     

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                    完璧なデッサンに色彩も入ると、そのあまりにも美しい画面構成に

                    巨匠の芸術的センスがまぶしい

                     

                     

                     

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                    その機体のもつ特長をはずすことのない正確なフォルムは

                    けして見飽きることがない

                     

                     

                     

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                    マッハ3の世界から人力機まで、なんでもござれのNobさん

                    ヒトが飛ぶことへの熱い情熱がほとばしる

                     

                     

                     

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                    取り立てて強い個性もなさそうな旅客機のフォルムだって

                    彼の手にかかればこのとおり

                     

                    Nobさんよ永遠なれ

                     

                     

                    弔辞にかえて

                     

                    私たち飛行機を愛する者にとって下田信夫さんは特別な存在である。飛行機漫画の神サマ。この方の描かれた飛行機には魂が宿り、マニアたちを唸らせる。

                    その下田信夫さんが2018年05月22日に69歳で逝去されたことを知ったのはキッズと東京に行き彼と親しい飛行機仲間と談笑していたときだった。急に逝かれたらしい。

                    その瞬間、もうNobさんの新作に出会えないのだという喪失感と今まで航空ファンに残してくれた数多くの遺産に感謝の念が沸き起こった。もしNobさんの漫画がなかったら、果たしてボクがここまで飛行機に心酔していたかは定かでない。

                    我が家はみな、粉ミルクよりも、そして給食よりもNobさんの航空漫画に栄養をもらって育まれたと言っても過言ではないかも知れない。

                    夏休みで島に戻った長男、キッズとともにテーブルいっぱいに下田信夫さんの著作を広げてNobさん追悼の作品鑑賞会をした。

                    ありがとうNobさん。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     


                    明日からは無理だから・・・

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                      台風直前の青空で飛行機を撮る

                       

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                      新空港も開港から5年が過ぎずいぶん多彩な顔ぶれが

                      やってくるようになったもんだ

                       

                       

                       


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