このヒトが気になる

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    このヒトも気になるのコーナーではなく、今回はこのヒトが気になる

     

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    そう、詳しく書く必要もない全米オープンテニスを制してしまった

    大坂なおみさんについてだ

     

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    そして日本人初、グランドスラムを制するという偉業達成以上に

    注目された彼女の資質について書きたい

     

     

    What’s happen?

     

    カタコトの日本語に英語を交えて語る奔放な試合後のインタビューがチャーミングと注目され、全米オープンでもベスト8に残ったころから大坂はメディアがこぞってスポットを当てる社会現象にまで発展していた。

    準決勝でキーズを下し、決勝戦で戦うことになったセリーナに対する感情を問われた彼女は「ILove you!」と言い放つ。

    「相手はテニス界の女王です、胸を借りるつもりで精一杯がんばります!」みたいなコメントじゃないのか、普通。

    でも彼女は大坂なおみ。普通じゃなかった。若干20歳のなおみは、セリーナを尊敬しグランドスラム決勝でラケットを交えることを夢見てテニスを続けてきたピュアな少女の姿そのままだった。

    そして迎えた全米オープン決勝戦は意外な展開となった。

    コート上では、そして場内ではボール以外に様々な人間の視線や感情や思惑が飛び交っていた。

    場外からコーチングを受けたと指摘され審判にペナルティを取られたセリーナは、鬼の形相で喰ってかかる。こうして崩れたメンタルを立て直すことができず、集中できない試合に場内からはブーイングの嵐。

    いつもならメンタルを崩して試合を失うのは大坂の方であったが、今回は真逆であった。ブーイングをアウェイで勝っている自分へのものと勘違いし、ただただ落ち着いて試合をすることだけに専念していた。

    体力的にピークを過ぎ取り乱した女王と圧倒的パワーで上り調子のピュアな少女の勝敗は、もはや明らかだった。

    試合が終わり大坂は全米を制した初めての日本人になったが、荒れに荒れ騒然とした表彰式でグチャグチャに縺れた心の糸を一瞬にして解いたのもまた、大坂なおみその人だった。

    感想を問われた彼女は、ちょっと質問と違うけど・・・と前置きをしてから

    「みんな彼女(S・ウィリアムズ)を応援していたのを知っている。こんな終わり方ですみません。ただ試合を見てくれてありがとうございます。」と静かに語った。

    セリーナもそれまでブーイングしていた観衆もシーンと静まりかえり、我が身を省みて全員が恥じた。

    若干二十歳、対戦相手のセリーナをこよなく尊敬し、一緒に戦うことを夢見てきた少女の一番、輝かしい瞬間をともに祝ってあげられない我々、大人たちの醜悪な映像がスクリーンに大映しになった気分だったことだろう。

    なおみは日本語のおぼつかない面白いテニスプレーヤーでも、いまだにガングロやってる流行遅れのお姉さんでもない、大坂なおみに人類を変えるパワーを感じた異例の全米オープンであった。

     

     

     

     

     

     


    マニアックな世界、人間的な未来

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      世の中にはマニアックな人たちがいるもので、傍からは

      分からない価値観を共有しているものだ

       

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      ぴっころにも電車マニア君がいるけれど末は

      こんな感じなのかもしれない

       

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      電車は門外漢のワタシですらミニチュアな電車を真剣に

      走らせている姿には親近感を抱く

       

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      授業で出された課題でもなく、潤沢な資金があるわけでもないのに

      食費を削ってジオラマにエネルギーを注ぐ背景には”好き”という

      以外にモチベーションの源は見出せない

       

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      飛行機倶楽部にも顔を出してみる。今はやりの電動アクロ機は

      軽量でホバリング可能。超絶なフライトが可能だ

       

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      昇降舵の代わりにプロペラの推力軸変更制御というスホーイ

      戦闘機並みのメカニズムを取り入れた軽量機

       

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      そして現在のターボファンエンジンよりもはるかに複雑な構造をもつ星型の

      レシプロエンジンは一式陸攻にも搭載された火星エンジンだという

       

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      その星型エンジンを上向きにつけて日本で開発された初期の

      ヘリコプター読売Y-1

       

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      アメリカのベルに挑んだ先輩たちの苦心作は実らなかった

      とはいえ、航空の歴史に残る果実だ

       

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      そしてこんな飛行機を作る方ともお知り合いになった

      すべての部品を一から削りだすソリッドモデルは

      マニア中のマニアだ

       

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      現在製作中のライトフライヤーの骨格は真鍮線を半田付け

      しているというが細かい作業だ

       

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      ぴっころにもこんな飛行機をつくるRh君がいる。今回の作品は

      タイムリー。7月から石垣線に就航のバニラエアの機体には

      タラップ車もつく

       

       

      熱意の源:

       

      キッズの進学の下見もかねて学校見学に行っていた。そこで感じたもの。そこで共通するのは対象への興味、執着そして愛情であった。

      AIが人並みの仕事し、今ある職業の大方がとって代わられるだろうといわれる近未来。障がいの有無や度合いに関わらず、今いる子どもたちが社会に出る頃にはいったいどんなヒトが求められているのだろうか?

      決まったことを決まったようにこなす。あるいは定義されたアルゴリズムにしたがって答えを出す、そうした機械的な作業から開放されたヒトが求めるものは今までにない感性や感動だろうと思う。

      そして重要なのはその感性や感動は機械に分析できるものでも、いかなるプログラミングをしてもけしてAI自身が肌身で感じるものではないということだ。

      高度なデジタル技術を駆使し高解像度なバーチャル世界を構築してもヒトが実際に旅することをやめることはない。言い換えればヒトはデジタルでは表現できないヒトの感性でのみ得られるアナログ情報をいかに求めているかの証左でもあるだろう。

      ヒトにとっての意味があること、それは対象自体に意味づけをし、生涯という限りのある時間の中で尊いと感じ、下手をしたら死ぬという身体性と切り離せないリスクの中で味わう高揚感に他ならないのではないだろうか。

      となれば人間らしい人間のみがその存在の意味を享受できるヒトとしての資質になるのではないか。

      いささか話は哲学的にはなったけれど、発達を続ける科学技術の中で子どもたちの幸せな未来を考えると、もっとも大事なのは難しい漢字を覚えることでも、計算が正確にできることでも、多くの情報を詰め込むことでもなく、根幹はヒトとしての楽しみをどこまで極められるかなのではないかと思う。

      新たな楽しみを自ら見つけだし、極め、他の人々にも提供できるかがヒトとしての存在、自分をポジティブに見る生きがいにも大きく関わってくるのではないか。そんなことを感じた3日間であった。

       

       

       

       

       


      ニセ札名人とのふれあい

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        そのお母さんの財布には息子が過去につくったという

        お札が入れられていた

         

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        その紙に描いたお札の絵柄は

         

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        紙の片面にそれぞれエンピツで丹念に描かれており

         

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        支援者によって両面を背中あわせにパウチされ

         

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        大事にされていたが、かなりの数がつくられたらしく

         

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        その一枚をもらうことができたのだが、このお母さんと

        つながりが出来たきっかけは

         

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        こんなものをつくるキッズの作品を見せていたときに感じた

        親同士の親近感からだった

         

         

        余計な御世話かも知れませんが:

         

        自分の子どもだからという理由からだけではなく、多様性を許容する豊かなヒトとヒトの関係をつくってゆくために多くの親御さんにお願いしたい。子どもが何かにとりつかれたように一生懸命やっていることがあったら、「そんなことばっかりやってて勉強は大丈夫なの?」とか「もっと他に大事なことがあるんじゃないの?」と親切に指導する前にそっと見守ってあげて欲しい。子どもの持って生まれた才能を止めないで、そうお願いしたい。

        いろんなものに触れさせて、聞いてきたら相談にのり、やりたいことがあったらやらせてみましょうよ。大人は今まで経験してきた価値観でシアワセの方程式をたてがちですが、未来に生きる子どもたちは大人よりずっと柔軟で新鮮な感覚を持っています。みんながやっているからという流行ではなく、子どもたちが自ら興味を持ち選ぶものは、きっとその子の将来にとって必要なものだと思うのです。

        いろんなものを選ぶ子どもたちが居て、いろんな才能を伸ばすことができたら、自分に自信をもつと同時に他人とも敬意をもって連携することで、もっと豊かさが生まれる。ボクはそう思います。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         


        別の意味で気になる

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          発達障がいの疑いはあっても大人になって優れた形質を発揮し、社会で活躍しているアスペルガーっぽい方々を過去に多く扱ってきたぴっころのこのヒトも気になるのコーナーですが、今回は、まったくその気配すら感じないのに注目に値する方にスポットを当てたいと思います。

           

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          今までは番組後半にあったニュース番組ですら日々のトップニュースに扱ってしまうメジャーリーグで活躍する野球の大谷翔平選手です。

          打ってよし、投げてよし、走ってよしに加えてルックスよし、さらには性格よしでお茶目な面もあるという何か欠点みたいなものがあるの、この人?とすら思えてしまう完璧な野球選手。

           

           

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          普段、ボクがぴっころの子どもたちに、そして自分自身にも言っている、「何かに秀でていればそれ以外はみんな他に譲ってもいいじゃん」という哲学とはまっこうから対立しているような、何もひかないお方です。

          普通、こういった目標を高く持ちストイックに努力している人は寡黙で、多くのストレスと戦う分、神経質だったり、ちょっとした自分のミスも許せなくてバット叩き割ったりするもんですが、大谷翔平選手の場合、本人いたって楽しそうです。しかも穏やかで礼儀正しく、周囲の人にも気を配る余裕すらたたえているところが異常で、逆に気になってしまうのです。

           

           

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          これで足が短かったり、ブサイクだったとしても充分バランスはとれているというのに体形のスマートさに加えて、このさわやかな笑顔で野球ファンは当然のこと、野球に関心のないアメリカ娘たちの心をもとりこにしているというのですから、欠落したところがないのが彼の病気なんじゃないかとすら思ってしまいますね(^^)

           

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          ホームランはたくさん打つけどコーチとうまくコミュニケーションが取れないとか、サラーマン山田シゲル君のように監督におかしな注文を出して、チームのメンバーから白い目でみられるとかもなさそうですものねえ。ステキ

           

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          でも、こんなスーパーマンみたいな人って本当にいるんですね。

          飛行機好きのワタシからすると速度も上昇力も運動性も航続距離もどれをとっても世界一にしろ!という設計要求は結局どれも中途半端な結果に結びつく可能性が高いと考えるのですが。人間は飛行機とは違うのか?

          ただ、それを達成した飛行機がかつて日本にもありました。太平洋戦争の初期に大活躍したゼロ戦です。

          しかし、この過酷な目標を達成するために機体重量を極度に削った結果、剛性が低下して急降下はできず、防弾すらなかったために攻撃から守勢にまわったとたん弱点を晒してしまいました。

          そして開戦当初、議論された戦闘機は速度か運動性かという議論は、実戦のなかで速度と上昇力に重点がおかれるようになってゆきました。

          大谷翔平選手の場合も野球選手としてピッチャーが良いのかバッターが良いのか、どちらを優先すべきかの議論は海を渡っても延々収束することなく続いているのですが、二刀流の弱点として選手生命を削ることがないのか、はやり気になってしまいます。あまりに出来すぎた子ゆえの外野からの贅沢な悩みというのものであって杞憂なのかも知れませんが。

          今回の気になる・・・は何かをがんばって伸ばせと激励するよりも、カラダを大事にしてほしいと願ってしまうというぴっころブログの中では稀有な人でありました。

           

           

           

           

           

           

           


          飛行艇物語

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            ボクはあまりコミックは読まないけれど・・・

            こんなコミックには、とても興味がある

             

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            世界屈指の救難飛行艇、新明和のUS-2開発物語だ

             

             

            我々は飛行艇開発において日本が世界のトップレベルにある

            ことをもっと誇っても良いと思う

             

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            新明和工業の前身は、九七大型飛行艇や二式大型飛行艇を

            作った川西航空機

             

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            床屋さんの椅子やトラックのパワーゲートといったものも

            商売としてはつくってはいるが

             

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            その遺伝子は紛れもなく飛行機屋の血なのだ

             

             

            民間機開発では遅れをとった日本だが、世界に冠たる飛行艇

            メーカーとなり得た裏には一人の男の飛行艇への愛があった

             

             

            日本の飛行艇開発の父 菊原静男氏

             

             

             

            菊原静男さんのこと:

             

            ボクには小さい頃から日本はエンジンの4つついた4発の大型飛行機がつくれないというコンプレックスがあったけれど、太平洋戦争中から4発の大型飛行艇をつくっていた新明和の前身、川西航空機はそんな不安を一掃してくれる会社だったのです。

            そこに、いらしたのが飛行艇命の炎の設計者、菊原静男氏。

            氏は工員の立場で入社したにもかかわらず次々に革新的な飛行艇を生み出し、前作の九七大艇を踏襲した二式大艇は当時、世界から抜きん出た性能を誇った。

            また戦後、多くの名設計者たちが他の業界に移った後も航空機への情熱を失うことなく、戦後初の飛行艇PS−1を世に送った。

            現在のUS−2はその血統を受け継ぐ末裔である。

            このコミックを読むと、その飛行艇屋の遺伝子を絶やすことなく、今に残し、未来に希望をつなごうとしているのか、その片鱗をうかがうことができる。

            戦後、なぜアメリカは飛行艇開発をやめたのか?と、問う菊原氏に、アメリカの会社は意欲をなくしたからだと回答した。それを聞いた氏は開発には航空機への愛情が必要だと感じたという。

            険しい道のりでは、たとえ成功への道筋が存在したとしても、そこに熱狂的な執着や情熱をもった人間がいないと航空機開発のような事業は成就しないということなのかも知れません。

            他人の成功例を学び、趨勢に追従し、失敗をしないだけの選択肢からでは、この大きな成果もないことを考えると、周囲の見方を根底から変えてしまう呆れるほどの執着は大事なことなのかも、と、ボクは思うのでした。

             

             

             


            アスペルガーの教科書

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              今回のこのヒトも気になるはコミックの主人公だ

               

              春休みにキッズが買ってきたというサラリーマン山崎シゲルという本を読ませてもらった。

              何を考えてるのか分からないサラリーマン山崎シゲルの社内での奇行に彼の上司である部長が苦労する様子をコミカルに描いたコミック本だ。

              家族で面白いと思った項目に付箋をつけてみたら本の天部分が付箋でいっぱいになってしまった。

              唐突だけれど、これをぴっころの推薦図書にしたいと思う。

              なぜか。それはアスペルガー症候群と呼ばれる人々を理解したり、コントロールしたりするのに役立つ本だと思ったからだ。

               

               


               

              かく言うボクもよくアスペルガーだと言われる。キッズも例外ではない。そして、利用者の中にもそんな子どもたちは居て、何をどうすべきかについては本人も周囲も判断を迫られることがしばしば発生する。

              漫画の転載は買った本とは言え問題アリかもしれないが、関心をもって買ってもらえば著者からもクレームはつくまい。例題をみながら山崎君についての話を進めたい。

               

               

               

               

              確かに我々にも、こんなことをしているところがあるかも知れない。そこに都合の良いはしおきがあったから・・・と

              他意はない(そこが問題)のだが、周囲から見たらオイ、オイ、コラッ!てことになっている場合がある。

              そうなのだ。敬意は嘘じゃない割に、行為が他人からどう見られているかに無頓着なところがあることは確かだと言えるだろう。

               

               

               

               

              そう。そういう意味では、こんな感覚のズレもよくあるのかもしれない。

              本人は良いと思ってやっていることが、一般的にはけして許容されている手順でもなければ行いとしても好ましくないという事例が。

               

               

               

              そして物事に対する認識の仕方自体が超個性的だったりもする。

              アスペルガーは常識よりも自己中心の理論の積み重ねでモノゴトを理解する傾向があるため、出発点は同じでも社会一般とかけ離れた結果になっていても気づかなかったり、それが発覚したときに異常さに驚かれることがままあるのだ。

              漢字を異なる読みで覚えていたり、独自な手順にこだわりを持っていたり、言葉の意味を自分勝手に解釈していたりするなんてことは日常ザラなのだ。

              この奇行の多い山崎君がどうやって入社したのかは知らない。

              入社当初は、常識的な部長から彼の奇行は目に余り、タダタダ呆れるだけだったのではなかろうか。

              しかし、幸か不幸か即クビとはならなかったようで、このコミック中では山崎君と部長のつきあいも長くなった様子が伺える。

              上コマでは常識的な部長も山崎君にとってのメガネは・・・だったんだね、という彼独特の解釈の方に歩み寄って理解しようという姿勢までみせているのだ。

               

               

               

               

              社内でワイパーを配って歩く意味不明な山崎君の行動に対しても、頭ごなしにどやしつけることはせずに、内心またかと思いつつもまずは彼の真意を知ろうと努力している姿までうかがえるのだ。

               

               

               

               

              更に、こうなると良い悪いではなくまずは常識からかけ離れた、とんでもないことをする彼の行動をすでに正確に予測したりもしている。

              だが、部長には部長の立場がある。

              彼の性格として理解を示すのと、その行動を許すのとは性質の違う問題である。

               

               

               

               

              山崎君が独自の理論を振りかざし、何が悪いんだ!!とばかりに開き直る態度には、きっぱりNOを言っている部長。

              これは大事な部分だと思う。

              そんなことを理解したり許容してしまうと彼本人のためにも良くない。液体スープは部長の額ではなく、カップラーメンのフタの上で温める方が社会では波風が立たないことをソ〜っと教えてあげれば、良いことなのだ。

               

              かくしてアスペルガーの内面を解き明かすとともに周囲の対処の仕方についても多くの示唆に富む、サラリーマン山崎シゲルをしばらく熟読してみたいと思う。

              キッズも今日から中学生、自己を問い周囲との関係に目覚めるときだ。山崎シゲル購入同機は、たんに面白かっただけ・・・だろうが、我が家にとっても必要な書籍としてぴっころに常備したい。

               

               

               

               

              ちなみに

               

               

               

              コミックの中には中学生時代の山崎君を描いたコマもある。親としてはこうならないように望むばかりである。

               

               

               

               


              気になるヒトの3人展

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                ぴっころブログなど存在しなかったはるか昔から気になるヒト

                それは水田耕平氏

                 

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                20年前イリオモテに住んでいたボクはそのヒトの描かれた

                恵勇爺と泡盛談という一冊の本に度肝を抜かれた

                 

                 

                行く道さえないウダラ浜に住んでいた砂川恵勇爺、通称イリオモテ

                のターザン。このお爺とともに浜でキャンプしたときの様子を記憶

                を辿り旅後につづったオトナの絵日記だ

                 

                 

                Mr.ヤマモトから見せられた時、ボクは唖然とした。耕平氏のあまりにも

                無邪気で鮮烈なその描写力は、絵画だとか文学だとかという既存の人知を

                はるかに超えた強い光を放っていたのだ

                 

                 

                耕平氏との出会いから今日までを話すと際限なくなるが、ここは飛ばして

                本題にゆきたい。その水田氏が今、石垣島で個展をひらいている

                 

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                否、正確に言うと個展ではなく、その題名を”ビバオキナワ3人展”という

                更に詳しくいうと6人の作品を展示したものであるから詳述するほと内容

                が分からなくなるという耕平マジックの世界ではある

                 

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                4月1日まで石垣市民会館展示ホールで開催しているので興味のある方は

                是非ご自分の目で見てナニモノなのかを判断していただけたら幸いである

                 

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                展示ホールの正面には奥方様の創られた焼き物が置かれ、ご本人

                のみならず既製の型にはまらない自由な作風からは、ひとつの夫婦

                のあり方を教えられるようで微笑ましかった

                 

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                ふぐをモチーフにしたヤカン?茶ガマ?それとも水差し?そんなこと

                わからなくても問題じゃないでしょ。と、言わんばかりに解き放たれ

                ている。もしかしたら宇宙船かも・・・

                 

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                自由なカタチのツボのようなものに自由なカタチのフタ。合わせても

                隙間が空くけど、似合っているご夫婦の姿そのままかも知れない

                 

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                展示ホール入り口向かって左側には耕平氏の画がずらっと並ぶ

                 

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                氏の画には対象への愛がある。真剣に見れば見るほどウットリ

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                いったいどうやったら、こんな作品が出来上がるのか

                泡盛を飲みながら訊ねてみた

                 

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                それは当時、出会ったターザンの生活が、自分にとってホントに

                 

                全てがオドロキやったから、ただそれだけや

                 

                 

                28年前にイリオモテのターザンに会って目からウロコが落ちた水田耕平氏は今

                名実ともに仙人になっておられる気がする

                 

                 

                 

                今回の展示会を終えて。水田耕平氏とその仲間たち

                八重山毎日2018年4月1日の記事

                 

                 

                 

                NOTE:

                 

                氏は、今でこそ仙人や神の風貌だが、定年前のお仕事はなんと中学校の美術の先生。

                文科省から信託を受けた教育者ということになる?

                う〜ん、にわかには信じ難いが・・・失礼!

                酒呑みながら話をしている姿からは、いったい子どもたちにどんな授業していたんだろうと想像しても脳がフリーズするばかり、氏の絵を手本に美術の教育ができるとも思えない。

                もっとも本人言でも「授業中は、しょうもない話ばっかりしとっとわ・・・」というから、ボクの想像力が貧相なだけでもないのだろう。

                でも、ボクは言える。間違いなく子どもたちの未来にとって大事な示唆を与えていた先生であろうと。

                卒業して何十年も経つのに慕って訪ねてくる生徒が多いのも、不思議なもので受験に貢献した数学や英語の先生ではなく美術の先生だったこととも無縁でない気がする。

                かくして氏の言動は音楽に親しみ、自然と向き合い、モノをつくる、絵を描くなど自由な活動を通じて個性を伸ばし、学力同様に人生に必要なチカラを身につけることを重視しているぴっころにとっても参考になることが多い。

                水田耕平氏の持つ規格外の能力は、障がい児の教育にとっても、きっと役立つはずだとボクは思っている。

                28年前、西表島のウダラ浜にカメラを持っていったわけではない、ICレコーダーなんてあるはずもない。

                なのにその場の状況を画として、文章としてあますところなく記憶から再構築して表現する天才的と思える水田氏の能力の源泉、それは、既製の価値観ではなく自らの意義を追い求めて彷徨っていたとき、彼がターザンから受けたオドロキ、そして芽生えた対象への愛だと思うのである。

                氏に明日以降のスケジュールを聞いても、たいていあやふやで分からない。しかし、今日一日をこれほどシッカリ楽しく生きている人もまた珍しいのではないかと思う。

                人間にとってのシアワセとは?、能力とは?、AIに苦手な哲学を持つ我々はヒトという生き物なのである。

                 

                 

                 


                 

                 

                 


                映える自撮りに適齢なし

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                  今回の”このヒトも気になる”は写真家の西本喜美子さんです

                   

                  経歴はここをみてね

                   

                   

                  見たところも御歳90歳にしては若いということに驚きますが

                  本当にびっくりしてしまうのは作品ですので

                  まずは代表作(?)を何枚か見ていただきましょう

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  これが当年とって90歳のお婆ちゃんの作品というのだから

                  まったくもって恐れ入ります

                   

                   

                  気になるヒト殿堂入りのワケ:

                   

                  なんともインパクトのある作品です。

                  しかも、これらの作品はすべて西本さん自身が撮ったセルフポートレート。今風に言えば自撮りした写真にフォトショップなどで自虐的な加工を施した自作自演です。

                  彼女は自ら企画、撮影を行うと同時にフォトショやイラストレータを駆使する好奇心旺盛なコンピュータお婆ちゃんということになります。

                  経歴を拝見すれば彼女は若いときから写真家だったわけではありません。ブラジル生まれであるとか、若い頃は競輪選手だった経歴があるのでフツーの日本人とは違った側面も感じられますが、結婚後は主婦として子ども三人を育て、71歳になって息子の写真塾に参加したのをきっかけに写真を始めたそうです。

                   

                  この四十の手習いどころではないところがメディア的に注目される所以でしょうが、ぴっころが西本のお婆ちゃんを取り上げるのは少し違った理由かも知れません。

                  そこでボクが気になるヒトに推薦したワケですが、作品に関して言えば、かなり社会的タブーに挑戦しているという点であり、作家としてみると写真に求めている世界感がみずみずしいという点であり、その能力は老若男女に関係なく傑出している分、何かが欠落している結果なのではないかと思えるところなのです。

                   

                  もし、これが西本さんではなく、新進気鋭の若手カメラマンがお婆ちゃんをゴミ袋に詰め込んで写真を撮って発表したのなら社会問題になったことでしょう。老人虐待だ、けしからんと非難が殺到したり、ワイドショーネタになるはずです。

                  しかし、自らが被写体になり自虐ネタとして発表してしまうことで彼女独特のユーモアとして昇華すると同時にインパクトのある画像の作者として一種の才能を開花させ、生産性の衰えて行く老人の社会的イメージすらもぶち壊してしまいました。

                  ある意味で彼女は90歳のロックンローラー、否、革命家といえるかも知れませんね。

                   

                  そして、これは障害をもった人たちにも大いなる希望を与えます。

                  たとえば現在アメリカでは弱者を保護しなくてはいけないというポリティカルコレクトネスと、弱者を保護しすぎて白人の権利が奪われているとするアメリカファーストとの観念が対立しています。また、こうした対立はアメリカのみならず世界中で鮮明になっている今、あらゆる矛盾や差別の根底にあるタブーを超越して、それぞれの個性として皆で笑い飛ばせるくらいの寛容さが求められており、西本のお婆ちゃんのどこかハチャメチャでペーソスも含んだ自虐的なユーモアのセンスはトランプさんとは対極にあり、世界平和にも通じるとボクは思っているのです。

                   

                   

                   

                   

                   

                   


                  ”人生において学校ってなんだ”=新春編=

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                    2018年初になります「この人も気になる」のコーナー

                     

                    今回はこの方の登場です 

                     

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                    見るからに大学院に下駄とか履いて昼ごろやってきそうなお顔(失礼)をされているこのお方、名前を道脇裕さんといい、NejiLawというネジのベンチャー会社を起業された社長さんで、売り上げ右肩上がりの業界では有名な方なのです。

                    詳しくはこちらを

                     

                     

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                    ネジ屋と言いましたが彼のつくるネジは、ネジはネジでもタダのネジではありません。もちろん単に高価なネジというのでもないです。

                    実は一度、締めるとゆるまないネジ。永久締結用のネジなのです。

                    従来、ネジの緩み防止には通常ロックナットやロックタイト、緩み止めのワイヤをかけたりピンを通していましたが、基本は緩むものを抑えていた従来のものと決定的に異なるのは、原理的に緩まないネジであり振動に強く溶接などの代わりに使えるという画期的シロモノだということ。

                    原理は上図を見てほしい。ちょっと口で言うとめんどくさいが、閉まる回転方向が逆の2つのロックナット同士に偏芯させた斜面を作っておいて締めるとこの面同士が当たり片方が緩もうとする力でもう片方が締め付けられてしまうという、今までになかったアイデアなのだ。

                     

                     

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                    確かに逆転の発想。凄いアイデアマンだ。

                    しかし単に経済的に成功したヒトには興味のないぴっころが、なぜこのヒトを書きたくなったかという理由には、そのアイデアとともにその学歴にあります。

                    この方なんと、小学校5年生のときに「僕は今の教育システムに疑問を感じるので、自分の足で歩むことに決めました」と一方的に小学校に“休学宣言”した。という、まさに、その点にあります。

                    え!?中学生までは義務教育じゃなかったですか?と聞き返したくなるその仰天の事実と、学校に行かなくても、社会から脱落しているとは思えない今の地位とのギャップに驚くわけです。

                    環境的にみれば通常の日本社会では親子共々で病気と判断されても仕方ない状況にあるにも関わらず、結果としては社会で活躍するヒトを作ったことになっている点に注目するわけです。

                     

                     

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                    小学校休学して、その後、様々な見習いをしながら自主的に社会で勉強に励み、自分の頭でモノを考える人物になって社会に貢献している。

                    そういうと、彼にとっての学校教育は意味がなかったのかと思いきや、一方で彼は、後になって社会に出て必要な事柄を自分なりに考えて整理してみたら、今の学校教育のカリキュラムときわめて似たものになったというんですね、これが。

                    これは面白いことですし、学校教育から一度、とび出したからこそわかる知見ではないかと思われます。

                     

                     

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                    日ごろ、ぴっころでも思うことなんですが、人間、自らが何か知りたいと思う前に、あれこれ理解を超える知識を詰め込まれても有難いと思わないばかりか、迷惑に思えるんですね。

                    それが義務だったりすると嫌悪感に変わったり、逃避に走ったりするんです。

                    ましてや学業という因習的な体系の中では成績として出来具合を評価されたりもし、成績が悪いと将来の就職だってままならないんだゾ!と脅されたりもする。

                    個性的な人間にとっては自分には大事だと思えない他人の価値観で上下を決められるワケで、学校なんて不条理で面白くない場所ってことになるのは極く自然なことなんです。

                    昔、高石友也さんというフォークシンガーがいましてね「サイン、コサイン何になる、オイラにゃオイラの夢がある〜♪」と唄っていました。もっともなんです、その時点でサイン、コサインに何の意味があるのか、分からないのですもの。

                     

                    そして逆に学校の大切さは道脇さんのように学校に行かずに好きなことをやって遊んでいたり社会に出て気づくものです。

                    いろいろな人生経験をして道を究めようとしたときにサイン、コサインはなんて便利なんだ。タダで学べるうちに習っておきゃよかったな〜って気づくもんなんじゃないでしょうか。

                    やらされるとき、勉強は忍耐かもしれない、でも無意味なもんじゃない。やがて、それがないと超えられない壁が出てくる。

                    そして、それは他人の壁じゃなく紛れも無く自分の壁として立ちはだかる。

                    きっと、それに気づいた時からが人生における真の勉強のはじまりだと思うんですよね。

                     

                    かくして結論ですが、子どもたちにとって学校のお勉強はやっかいですが、それなりの理由がある。

                    したがって学校の勉強はやっておいて損はないが、もっとやりたいものがあるなら、それを先にやれば良い。

                    こうして必要となったときに自らが主体で勉強しはじめたとき、”先人たちの知恵”は、もはや迷惑な存在でも嫌悪の対象でもないのだから・・・

                    学業と社会経験どちらが先でもいいが、最終的な到達点はモチベーションの高さに依存し、それは続けらる好きなことへの執着であり、”自分にとって大事なものへの愛”だとボクは思うのでした。

                     

                     

                     


                    ボクがヒトを見直すとき(^^;

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                      長く生きていると・・・な〜んだ、そうだったのか?と思うことがたまに発生する。

                      それはボクだけかも知れないが、けっこう最近、しばしば発生しているような気がする。

                      ボケたのかなぁ?

                       

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                      実は、ボクは長いこと、この方と黒川記章さんとを混同していたことが、Eテレでやっていた「“しゃあない”を生きぬく」という番組を見て、さっきわかった(笑)

                      今頃、いったい何を言っているのだと突っ込まれそうだが、ボクはながらく有名な建築家で東京都知事選挙に出馬した人だと思っていたのだ。

                      それで番組を見ていたら”安藤忠雄さん再発見”として何かを書きたくなった。

                      このヒトも成績優秀でもなければ、変人に近く、健常のボーダーを越えてるかも?という、ぴっころブログに登場すべきヒトだと確信したからだ。本人にとっては迷惑なことかも知れませんが。

                       

                       

                       

                       

                       

                      この人を最初に有名にしたのは「住吉の長屋」と呼ばれる上の作品。

                      3軒長屋の真ん中のお宅だけを改装する、しかも予算は超破格で・・・という昭和のビフォー・アフターだ。

                      無理難題ともいえる設計依頼に対し、まだ駆け出しだった彼がとった手法は常識を破ったものだった。

                      まずはコンクリートの打ちっぱなし。今では珍しくない打ちっぱなしだが、オシャレとかいう次元のものではなく低コストで両サイドの木造家屋を支えるための苦肉の策だったようだ。更にウナギの寝床で光も入らない問題を解決すべく真ん中の屋根を取り払うという、家屋としてあり得ない手法を敢行する。おかげで光の入る中庭は出来たものの。雨の日、トイレに行くにも傘がいるという建築家にあるまじき設計ができあがった。

                       

                       

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                      更に彼の設計になる「光の教会」と呼ばれる建物が上の作品。壁面に十文字のスリットを設け、光の十字架を仰いで礼拝ができるというシンプルかつ神聖な建物である。

                      太陽光を直接取り込もうとスリットにはガラスをはめなかったため「こんな冬、寒い教会をつくってどうする?」とクライアントからは猛反発を喰ったと聞くと、当然と思うと同時に彼がクリスチャンよりも敬虔な姿勢で仕事に臨む建築家であることがわかる。

                      彼にとってすぐれた建物とは、必ずしも機能的、効率的なものではないのだ。もっと言えば人が気持ちをひとつにして集う場所の創造であって、必ずしも立派な器を作ることとは、とらえていないところに彼の真の建築家たるポリシーを見る思いがする。

                       

                       

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                      そして、ニューヨークの9.11テロで崩壊した貿易センタービルのグランド・ゼロを再建するための設計コンテストで彼が提案した跡地利用計画が秀逸だ。

                      上図の模型の真ん中の緑の丘がそのプランの全貌だ。

                      そこには、建物を建てるのではなく、みんなが集まり、平和に語り合える芝生の丘をつくろうというプランであった。

                      丘の断面はアークにし、グローバルな地球の一部としてニューヨークの存在をイメージした。

                       

                       

                       

                       

                      結果は・・・不採用!

                      「アンタなあ、一体、ここの坪単価なんぼや思とん?銭も生まんタダの山つくって、どないするんや?」

                      まあ、英語だから、こう言ったかどうかわからないが、大方がそんな反応だったらしい。

                      でも、彼は言う、再び、ここに建物を建てたら、人々は2001年9月11日に何があったかを忘れてしまうだろう。

                      それよりも、人々が御魂を癒し、平和のために集える空間をつくることこそ、建築の本筋ではないのか。時には、なにも建てない建築だって必要なのだ、と。

                      それを聞いたボクは涙をこらえ切れない。この採用されなかったプランはニューヨークでは忘れ去られるだろうが、ボクの心の中には生涯、生き続けるに違いない。

                      彼には夏暑く、冬寒い長屋に住んだ経験はあっても、少年時代は勉強も出来ず、家も貧乏で建築を専門に学んだ学歴もないという。

                      現在はガンとも共存しながら、しゃあないと闘病しながら仕事を続けているというが、建築家の魂として、この世にいくつもの分身を生んでいる彼はある意味、すでに不死身の存在だと思う。

                       

                       

                      黒川さんはこっちの人だ

                       

                      ちょっと思想の似ている設計家 フォークト博士

                       

                       

                       

                       

                       

                       


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