フライトぴっころ課外研修報告(後編)

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    松島を後にした我々は名古屋の中部国際空港セントレアへと向かう。次男坊の誕生日にとハルコさんが空港を見下ろすホテル宿泊をプレゼントしてくれたからだ。

     

     

    到着直後、さっそく展望デッキに出たのだが、残念なことにB787の部品を運ぶB747改造のドリームリフターは無情にも目の前をテイクオフしてゆき、間一髪撮り逃がしてしまう。

    そのツチノコのような特異なデブ飛行機をデジタルデータに記録することはできなかったが、その箱フグのような特異な後姿は記憶に焼きついた。

     

     

    ホテルにチェックイン。フライトといえば部屋にベッドがあるとかならず飛んでみるキッズ。

    ようやくゲットしたガチャポンの振動ドリルを手に歓喜の大ジャンプ。窮屈な車内で寝ていたキッズも今日は広いベッドで飛べるぞ!ちがう、寝れるぞ。

     

     

    セントレアホテルの窓からエアバンドを耳に離着陸機を逐次チェックする長男。こちらはflight radar24で機影を追い、勝手に私設コントロールタワー設立の気分に浸る。

    この後、長男はビール飲んで寝てる親父を尻目に、日没後もナイトの撮影にせっせと出かけていってた。

     

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    翌日はMRJミュージアムかと思いきや、淋代海岸の勢いをかって航空発祥の地、十二試艦戦(後のゼロ戦)も初飛行をした各務ヶ原へと向かう。

    ここの航空宇宙科学博物館は幾度も訪れてはいるが、最近、全面的にリニューアルされたことで、新たに展示に加わったこの機体を見にゆく。

     

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    唯一、日本に残された川崎三式戦闘機(キー61)飛燕況燭澄

    この機体は戦後、基地に展示され計器を戦利品に持ち去られたり、幾度と無く塗り替えられたり、運搬に支障になるとして翼まで切り落とされたりというご無体な扱いを受けながらも継ぎ接ぎしながら生き残って、ようやくそのふるさとである川崎重工業の各務ヶ原に戻ってきた。

    今回は、過去の幾重もの塗装を剥離し、欠損した部品を忠実に復元することで塗装前の生地完成形態に近い姿となっていた。これにより飛燕独特のフォルムを堪能できる。

    飛燕は日本戦闘機には珍しく液冷エンジンを搭載したことでスマートな機首になり他の日本機とは異質な美しさをもつ。結局はその液冷エンジンの製造に支障を来たし場当たり的に空冷に換装した五式戦闘機が活躍したのは皮肉だが日本独自の重要な航空遺産であることに変わりはない。

     

     

    晩には、安曇野で研修を終えたハルコさんと合流、宿泊地のキャンプ場へ。前回は飯ごうも薪もなく、残念だった記憶を胸に竹富島ファンの信州の友達も呼んで川魚を焼き、飯ごうでごはんを炊いて食べる。

     

     

    ヤマメとかイワナは近くを流れる清流でゲットしました!と言いたいところだけれど、中途半端なキャンパーの我ら、近くにデリシアなる便利なショッピングセンターがあることを発見、手に入れたのでした。

     

     

    中学校のキャンプ以来、すっかり忘れた飯ごうでの炊き方をネットで確認しながら、火を起こし、長男が炊いたご飯は、もう少しお焦げがあってもいいと思うくらいに完璧で VeryGood!

     

     

    突然、始まった花火大会は大迫力。ログハウスが燃えてしまうのではないかというくらい真近な爆音を肌で感じるばかりか、真上で炸裂、火の粉を避けて逃げ惑う羽目に。サービス良すぎだろ。

     

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    今回の長かった研修旅行も4人揃って帰路につく。しかし安曇野には長男がネットで見つけた気になるスポットがもうひとつ残っていた。

    「オヤジ、メシヌマ飛行士って知ってる?」

    「それを言うなら飯沼(いいぬま)飛行士でしょ」

    ってなことで、戦前、神風号で東京〜ロンドン間の飛行時間記録をつくった彼の生家がこの近くにあるという。

    そうだったのか?と、さっそく、最後の目的地として立ち寄ってみることにする。

    ここがその飯沼飛行氏の生家で土蔵を改修してつくられた飯沼飛行士記念館。左側が母屋になる。

     

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    当時の日本は一流工業国にはほど遠く、養蚕と紡績が国を支える主要産業だったのだろう。飯沼飛行士の生家は養蚕業をしていた。

    時期によって畳をあげて蚕を育てるのにも使われていたという母屋は実に立派なつくりであることに驚かされる。

     

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    土蔵蔵だったという展示室の内部に入る。

    天井から吊るされた朝日新聞「神風号」の模型。低翼単葉全金属、固定脚ではあるが、このきわめて洗練されたスタイルを持つ飛行機が堀越二郎氏によってゼロ戦が設計される以前に日本人の手によって設計製造された純国産機であることに注目したい。

    後に九七司令部偵察機として軍の偵察機としても使われたが、朝日新聞もオーナーだった。いち早く現場の情報を収集する手段として自前の高速機は新聞社にとっても不可欠の存在だったのだ。

     

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    館内を懇切丁寧に説明してくれたのは空前の記録飛行をした飯沼飛行士のお兄さんのお孫さんにあたる飯沼成昭さん。

    飯沼正明飛行士は写真や銅像でしか拝見したことはないのですけど、この成昭さん、飯沼家の血でしょうか、驚くほど正明さんにそっくりで飯沼飛行士ありし日の面影を彷彿させます。

    生家とともに飯沼飛行士の偉業を未来に語り継いで行く上で最適な人材であることを確信するとともに、飯沼飛行士本人は若くして29歳でお亡くなりになっていますが、もし還暦まで生きておられたら、きっとこんな風貌だっただろうなあ、と想像しました。

    ちなみに「正明さんのようにパイロットの道は目指さなかったのですか?」とのボクの問いに「だって飛行機は危険でしょ?、私は新幹線の方がいいですよ」と涼しい顔でサラリ。また、この冷静さも飯沼飛行士の血のような気がしました。

     

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    そして、展示館を出て母屋の展示説明をしていただいた、もうお一方は成昭さんの奥様。

    付き合われていた頃は、まさかご主人がこんな偉大な血筋の家系であるとは知らなかったそうで、今年4月から、この説明役をされるにあたって猛勉強をされたそうです。

    確かによく勉強されていて、この下の写真の解説を伺ってびっくりしました。

     

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    飯沼飛行士は左から3番目ですが、左から言うと、青森で復元機を見た航研機のパイロットで長距離機発想の生みの親でもある藤田中佐(当時大尉)で、隣が同期で藤田中佐ともに航研機の舵を握った高橋氏、そして右端はゼロ戦の堀越二郎氏と同期で東大卒、航研機を設計した青森生まれの航空機設計者、木村秀政氏です。

    日本の飛行機を世界レベルに跳躍させた蒼々たるメンバーが収まっているという、きわめて日本航空史において歴史的価値をもつ貴重な一枚なのです。

    実は飯沼正明飛行士は朝日新聞社に入る前、100倍の難関を突破し第十一期逓信省委託操縦学生となり所沢陸軍飛行学校で操縦を学び、その時の教官だったのが後に航研機で世界記録を打ち立てる藤田中佐その人であったのです。

    ほ〜!藤田中佐って背が高かったのだなあと思うと同時に、青森で見た航研機のコクピットは狭く、今だったらエコノミー症候群も設計時に危惧されただろうなあ、と思うのでした。

     

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    かくして、飛行士個人の記念館なので銅像と賞状が飾られているくらいなんでしょ?と、タカをくくっていたボクは深く反省させられたのでした。

    ちょっと立ち寄るつもりが2時間近くをここで過ごし、新潟、仙台、三沢、各務ヶ原へと次々に導かれた日本の飛行史と我々のルーツを探る旅は一周まわって元に戻り、ハルコさんの研修所近くの養蚕農家から輩出した航空人の偉大な業績を肌身に感じながら幕を閉じるというまことにドラマチックな終焉へとつながっていたのでした。

     

    パングボーン・ハーンドンの太平洋無着陸横断と言った冒険飛行家の時代から、国を挙げて神風号、航研機という記録飛行に熱狂した時代を経て、日本も航空先進国の仲間入りをしたのもつかの間、その後の戦争で航空機が暗いイメージと結びつき、戦後、進駐軍による航空禁止令の7年間で大きく開いた航空先進国との格差はいまだに国内の航空機産業に影響を与えていますが本質的に航空機をつくることにおいて適性のある国民性だと思っています。

    現在、販売好調なホンダジェットも、そして苦戦の続くMRJも、戦後のブランクを乗り越えることを期待し、将来に渡り日本の航空機が世界の空に羽ばたくことを祈念して、このフライトぴっころ番外編の研修報告としたいと思います。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


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