子どもの夢・大人のシゴト

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    夢をカタチにする。それは人間的な欲求を満足させる

     

    商売へとつながることもある

     

     

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    ぴっころには信号機が大好きなRh君がいた

     

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    イメージした歩行者信号機を自らの手でつくった

     

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    こちらはガシャポンから出てきたミニ信号機だ

    あったら楽しいがクリエイトの原点だ

     

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    そしてキッズの持ち歩くスケッチブックに描かれた

    夢のプロジェクト・ラインカー

     

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    都会で見つけたガシャポンから出てきたのは

    同じ発想のラインマーカー

    それは気が利いて修正テープになっていた

     

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    AIは夢をみない

     

    いずれもニワトリとタマゴだけれど、こんなものがあったらなあ・・・と考えて構想し自ら作り出す子どもたちがいて、もし、こんなものをガシャポンに入れたら当るかも?と企画をひねり出す大人がいて現実のミニチュアとなって、そろって世に出現したものだろう。

    今、人間生活に必要とされる物売りの多くはコモディティ化し、商品にも大きな違いがないうえ人件費の安いところで作られた商品は、人を介さずAIに管理され、商品情報提供から販売、流通までを一貫しておこなうネット上の巨大企業によって支配される。

    そして、この画一化された合理性は、なんでもすぐ手に入る便利な世の中を提供もするし、一方では富の分配において不公平感をも同時に生んでいる。

    そうした世界感からはトップになる以外には存在感はなく、少々、お勉強して学歴を得て偉くなっても、あまり幸せになれそうにないではないか?

    子どもたちにシアワセな将来像を与えたいと思うならば、大人は子どもたちの自由な夢を応援することが重要だとワタシは思う。

    一見、解けそうもないと思えた問題もコーディングさえできればAIは答えを出してくれる。しかし、そのヒトだけのよろこび、かなしみを本質的に理解し、シアワセの根源となる夢そのものを提供することはできない。

    ワタシの「こんなことがしたい」はワタシだけの誰にも邪魔をされない世界なのであり、「こんなものがつくりたい」というワタシの夢を他のヒトもつくっていたことを知れば、そこにあるのは落胆ではなく人間同士の「真の共感」なのだ。

    多少、地に足がついてないなくても、お勉強ができなくても、夢を追い続けられる環境を与えてあげるのは大人社会の役割ではないのだろうか、とそんなことを考えている今日は子どもの日であった。

     

     

     

     


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