描きたい、が止まらないヒト

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    3年前に生の芸術「アールブリュット」の世界に触れて以来

    その作風の面白さや自閉症との関係が気になり、その本質を

    知りたいと考えてきた

     

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    そんなボクにとって石垣島のゆいロードシアターで

    現在上映されている「描きたい、が止まらない」は

    是非、見ておきたいドキュメンタリーだった

     

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    「洗骨」を見に行ったゆいロードにある小さな映画館だが

    地味な作品を鑑賞できるここの上映タイトルは要チェックだ

     

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    映画は自立を目指す自閉症の青年を2年半をかけて取材した

    ドキュメンタリー作品で監督はカメラマンも兼ねた近藤剛氏

     

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    主人公は滋賀県東近江市に住む23歳になる自閉症の青年で

    本人にアールブリュット作家として自覚があるかは別として

    生の芸術の特徴をもつ絵を描き続けている

     

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    彼の描く絵はペン描きの線画に、色エンピツで色をつけたもので

    都市構想、地図、建物、インフラ、乗物、軍事などがモチーフに

    なっているものが多いようだ

     

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    どの方向からでも見られる俯瞰的な配置、建物ののなかに交通機関

    が紛れていたり緻密な絵の中には彼の心情が階層的に埋め込まれる

     

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    就労施設に通いながら、帰宅後は自宅の仏壇屋で創作活動を

    続ける彼は親の死後の暮らしを憂い、自立を目指してクルマ

    の免許を取ることを決意する

     

     

    自宅2階での製作風景。小さ細胞のような1コマ、1コマを繋げ

    時間をかけ彼の脳裏にある壮大なテーマが全体像として出現する

     

     

    元来、人前で話すのは苦手なはずだが、大好きな絵で認められた

    自信が自らの展示会場で挨拶をする勇気を与えているようだった

     

     

    学校では自閉症のためいじめに合うこともあったが、支援学校時代に

    開花した絵の才能は広く知られることとなり海外の美術館からも作品

    展示のオファーが来るまでになった

     

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    彼の製作に6年を費やしたという長さ10mの大作はスイスの

    美術館にあるアールブリュットコレクションに加えられることに

     

     

    こだわりへのこだわり

     

    3年前にアールブリュット展で作品に触れたときから、それが発達障害だから描ける絵だったり、作れる作品だったりなのか?という部分に生の芸術、アールブリュットへの疑問をなげかけてきた。

    「アウトサイダーアート=障がい者のアート」ではないし、どこにもその直接的な関係は示されていないのだが、やはり自閉傾向との相関関係は小久保君の以下の言葉からもはっきり浮かび上がる。

    曰く、自分は広範性発達障害であるけれど話もできるし、考えることもできる。しかしその発達には偏りがあって、皆が分かることや、できることが普通に出来ない自分もいる。

    生涯、馬鹿にされて生きるものだと思っていた自分が絵を描くことで周囲の評価が変わり、自信をもつことが出き、今では絵を描くことが自分の生きる意味であり、定めであるように思う、そんな内容であった。

    また彼は世界から孤立している北朝鮮に自分の立場を投影し、まわりから閉ざされた社会主義国家にも魅力を感じる。同様に刑務所などにも関心を持ち、親と全国の刑務所を調べたこともあるという。

    この普通ではない強いこだわりや執着が彼独特の作品を生む原動力になっていることは間違いない。

    ある意味で偏ったことによって開花した能力だともいえるのかも知れない。

    この偏愛が生み出す作品が芸術として見る人々に感動を与え、高い評価を得るのであれば、もっと言うなら家の外に出るのも嫌であった個人が人前で挨拶したり、取得は無理だと思われていた自動車免許にも合格するような前向きに生きる意欲へとつながるのであれば、「好きな道で才能を伸ばせるようにすること」こそが本人にとっても社会にとってもシアワセな社会適合への処方箋ではないかと思われた。

    これは、どんな自閉症に対しても言えることではないかも知れないが、病的に偏っている性質を無理やり普通にしようとストレスをかけるよりも、病気の症状ととらえずに、ひとつの特徴と考えて常識とは別のところに社会との接点を求める方が結果として良いこともあるだろうということだ。

    ボクが思うにアールブリュットにとって必要なのは名誉や金ではなく自身への強いこだわりだ。

    その特定のこだわりを障害とみるか、優れた感性とみるのかで障害なのか健常なのかの評価は変わってしまうものだとすれば、教育現場でも職場でも多様な価値感を許容し、お互いの存在を認め共生できる関係を構築できるかが社会システムとしての課題と考えるが、いかがなものだろうか。

     

    関連: 身近に感じるアールブリュット  身近なロダン  アール・ブリュットinぴっころ

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