育てること、育つこと

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    何かを育てると自分の中にも育つものがある

     

    きっとある

     

     

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    力を合わせて育てれば、仲間も育つかも

     

    そんな気がする

     

     

    朝はハーリー鉦に起こされた。本来なら旧暦5月4日はユッカヌヒー、沖縄県各地の漁港ではハーリーが行われる日だ。しかし、今年は新型コロナによって大会は中止。年の半ばですでに流行語大賞候補の「三密」。今年はこの言葉とともに八重山の地域行事にも様々な影響が及んでいる。

    ハーリーの鉦の音とともに明けるといわれる梅雨も、今年はすでに10日も前に明けてしまった。

    いろいろなものがちぐはぐになり、恒例とか例年とかいう言葉が通じず、ニューノーマルが叫ばれ、大騒ぎしたオリンピックの開催も危ぶまれる。古来、日本人が頑なに守ってきた歳時記すら書き換えられそうな勢いだ。

    そして変化するのは自らをとりまく環境だけではない、自分自身も変わる。八重山では風さえ通ればクーラーなど不要だった身体に年々、暑さがこたえるようになってきた。

    食後はひたすら眠い。コテっと横になり、気付いたら日は替わりTVでは「家、ついて行ってイイですか?」をやっていた。

    Let It BeをBGMに、酩酊する夜の街で出会った人たちの暮らしぶりを覗き、鎧を脱いだ等身大の人生ドラマが描かれる。そこにあるのは恒例だとか例年というスケジュール通りのくり返しや予定調和ではない一人の人間の生き様だけだ。

    所詮、人は生まれる時代やキャストを選べない。大きな流れや波のなかで翻弄される微粒子に過ぎないのかも知れぬ。

    しかし、そんな予定とはかけ離れて翻弄される微粒子にも、唯一無二の経験があり、夢も、挫折も、ささやかなシアワセもあることを教えてくれる。

    ぴっころのベランダでプランターに小さな種を撒き、成長した姿を思い描き、水をかけて大事に育てる。そこに見えてくるのは、生きとし生けるものの定め。ほかならぬ自らの育つ姿そのものなのかも知れない。

     

     

     

     

     

     

     


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